古代の遺跡の発見から、古くは縄文時代早期(10,000年前)から人々が生活していたとみられ、弥生時代(約2300年前)には遺跡が増加し古墳時代には北の山間平野部(有年)から、千種川流域(高雄~坂越)及びその平野部(塩屋・西部地域、尾崎・御崎)など、海に面する場所まで、多くの遺跡や古墳がある事からすでに人々が生活を営んでいたようです。
古代の製塩土器なども見つかっており、中世には千種川の三角州も拡大、塩田の構築や海上交通の中継点としても重要性が高まった。
荘園、戦乱の時を経て、江戸時代には製塩、上水道の敷設など現在へ続く基盤が確立し現在に至ります。
この頃、元禄に起きた「赤穂事件」は、後に忠臣蔵とともに「赤穂義士」の名を高めることになります。



























